ゲームやり過ぎ、注意! ?

ゲームは1日7時間」なテニスプレーヤー、イケメンだけど彼女にフラれる. 何事もそうですが、度が過ぎて損をしたことはありませんか? たとえば、家族や恋人とゲームをやっている時に、こんなことを言ってしまったり. ①「もうすぐ終わるよ. 次のセーブポイントがすぐそこだから. 」 ⇒恋人に限らず、子供の頃からみんな使いますね. 「ご飯よ~」「そろそろ代わってよ! 」に対して. ②「今の見たか? すげーだろ? な? 」 ⇒ゲーマーとして、最高の瞬間です. ウイイレで芸術的なフリーキックを決めた時とか. でも、第三者からすれば、時にプレイヤー本人の熱はどうでもよかったりします. ③「いや、これはただのゲームじゃないから. 」 ⇒「いつもそればっかりやってるけど、面白いの? 」という問いに対して、使われそうです. イマイチ、凄さが伝わらなかったり. ④「邪魔だ見えん! 」 ⇒その世界に入ると、まさにこうなるのかもしれません. 熱中するゲーマーとして、カッコいいと思われることもありますが、TPOに応じて使い分けたほうがいいのかもしれませんね. 引用: ゲーマーが恋人に向かって言いそうな最悪のセリフ 筆者としては、恋人とイチャイチャするのはもちろん楽しいですが、それよりも彼女の家でまったりとボンバーマンとかする時間も、すごく魅力的に感じます. でも、だからこそ、その時間を台なしにしないためにも、ほどほどというのが大切なのかもしれません. 任天堂の宮本さんのお話では、ヨーロッパでは「ゲーム=クール」というブランディングがなされているとのこと. もしかしたら、「適度な程合いを見分ける=紳士=クール」という、ダブルミーニングだったのかもしれません. 『好奇心は猫をも殺す』という故事成語があります. 九生ある猫でさえ好奇心のために死ぬ=他人のことをあまり詮索すると、ひどい目にあう、という意味です. “好奇心”を”ゲームの熱中”に置き換えてみると、なんとなく教訓になりそうな気がします. インターネットとコンピータの(一般ではこれをITと言うよね)進化がどんどん進んできて、Youtubeで映像を見るのが一般的、当たり前になってきた現代社会では、広告制作者や企業の担当者は、意識を切り替えて行かなければ、とんでもないトラブルに巻き込まれるかもしれない. といういい例だと思った. いやあ、グローバルってホントにすごいですね イー・モバイルCM放送中止 「猿」がオバマ氏連想 サルがふんする大統領候補が「チェンジ! 」と聴衆に呼びかける-. こんなCMを制作した日本の携帯電話会社イー・モバ イルに対して、米国初の黒人大統領を目指す民主党のオバマ上院議員を連想させ、「人種差別にあたる」という批判がインターネットのブログを通じて相次ぎ、 同社が先月末にCM放映を中止していたことが分かった. 日本でも盛り上がるオバマ人気に便乗したい思惑が裏目に出た格好. 人種問題に鈍感な会社が企業イ メージを損なう恐れはネット社会の到来で一段と高まっている. CMは「新ケータイ候補 イー・モバイル」の文字とともに、スーツ姿のサルが選挙集会の演壇に登場. オバマ陣営の合言葉「Change(変革)」というプラカードを掲げる支持者に、携帯電話の「チェンジ」を呼びかける内容だ. ところが、CMの放映が始まると動画サイト「ユーチューブ」に転載され、ブログで日本在住外国人から「人種差別的内容」と批判が続出. ugg クラシックミニ 例えば、在日アフリ カ系外国人のサイト「ブラック・トーキョー」に6月19日付で、「変革はいいことだが、候補者をサルに見立てるのはノーだ. オバマ氏を連想する私はクレージーだろうか」とイー・モバイルへの抗議を呼びかける投稿が掲載された. 携帯CMが火を付けた日本の人種問題論争を、英紙デーリー・テレグラフ(電子版)が同23日付で報道. イー・モバイルは同27日に放映の中止を決めたが、ロイター通信、英紙ガーディアン、米UPI通信が同日付で追随した. 米CNNも2日、東京発でリポート. その中で在日のアフリカ系米国人は「企業はサルを使って黒人を描くことがタブーなことなど考えもしなかったはず」と指 摘. イー・モバイルのエリック・ガン社長は「米大統領選からのアイデアをコピーしただろう、と言われればそうだ」と認めたが、サルは同社のマスコットで人 種差別の意図はなかったと強調した. http://sankei.jp.msn.com/world/america/080703/amr0807030939002-n1.htm 問題のCMはコレ. すぐに削除されるかもかも. 米国在住ジャーナリストの 岩下氏曰く 、ここで、学ばなくてはならないことが2点. 一つは 日本ローカルのコンテンツというものはもはや存在しない こと. YouTubeという怪物の登場以来、誰もが国境を越えて映像をアップできる. 日本の文化で問題のない表現でも、別の文化ではとんでもない侮辱にあたる可能性がある. 特にイスラム教など宗教に関わるものは、想像するだけでもヒドイ事になりそうだな. アディダス アディゼロ “この出来事を違う文脈で読めばどうなるか? ” この問いかけが出来るか否かが、これからの時代ますます大切になってくる. もう一つは、映像に限らず文章を含む すべての表現、言動は、一度外部に放ったが最後、完全に消し去る事は不可能だという事 だ. 今回のコマーシャルにしても、いくら YouTubeに削除依頼を行っても誰かが再びアップロードするだろう. たとえ削除が成功しても、人々のコンピュータのハードディスクに眠るデータまでも 消去する事は出来ない. 以前、インターネットのファイル交換で音楽CDがやり取りされているのがケシカラン、なんていう議論が(今も)繰り広げられているが、音楽だけではなくて、世の中のすべてがアウトオブコントロールとなる事を自覚しなくてはならんよね. PS Storeの最新情報がわかるWeb

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